ノウハウを通貨のように流通させるインダストリー4.0 ~ベッコフオートメーション 川野 俊充社長

2015年12月2日

■日本でも関心高まる一途の「第4次産業革命」

インダストリー4.0(以下I4.0)やインダストリアルIoT(以下IIoT)の取り組みを進めていくにあたり「必要とするインフラ投資の合理的な経済効果を示せない」「オープン戦略における競合優位性をどう確立して良いか分からない」。I4.0関連の講演を行うと、最近はこうした相談を受けることが多くなった。 昨年の春ごろから日本でも独I4.0への関心が高まり、同時期に米IICが設立されたことも相まって、気がつくと本紙のような専門紙に限らず一般ビジネス雑誌やテレビのニュースでも「第4次産業革命」という見出しが躍っている状況だ。今年のシステムコントロールフェア・計測展でもこれが主要テーマとして掲げられている。

SPS/IPC/DriveのOPC協議会ブースで展示された各社からのOPC-UA対応コントローラ

SPS/IPC/DriveのOPC協議会ブースで展示された各社からのOPC-UA対応コントローラ

■業界の理解が進み目下の課題はビジネスモデル

ビジネスモデルを見いだせないという冒頭の相談は、I4.0/ IIoTに対する関心が一過性の流行ものである「バズワード」を通り越して、日本企業が具体的に取り組みを始めた証拠だ。「20年前からスマートファクトリーに取り組んでいるため新鮮味がない」「自社のエコシステムで実現できているので参考にならない」といった当初耳にタコができるほど聞かされた否定的なコメントを、近頃全く聞かなくなったのも業界のI4.0に対する理解が進んだことを示している。 冒頭の相談者は、大手企業で新規事業に当たる新設部署の責任者などであり、経営者からの勅命で日本での「つながる活動」であるIVIやRRI、IoT推進フォーラムなどに参加し、新規ビジネスの立ち上げに奔走していることが多い。目下の課題は「ビジネスモデル」である。

 

 

■「効率改善」と「価値創造」の二つの側面

2015年11月に開催されたSPS/IPC/Driveでのベッコフ者の出展の様子

2015年11月に開催されたSPS/IPC/Driveでのベッコフ者の出展の様子

 

ものづくりのノウハウは技術情報として個別に提供されたり生み出されたりするが、現状では個別に取引されるわけではない

ノウハウの取引が想定されていない現状のビジネスモデル

ノウハウを取引するマーケットプレイス

ノウハウを取引するマーケットプレイス

I4.0/ IIoTのビジネスにはevolution(進化:効率改善)とrevolution(革新:価値創造)の二つの側面があると言われている。前者はICTを活用して製造業におけるカイゼン活動を促進するもので、日本企業にとって、いわば十八番のビジネスだ。 一方で、欧米では現場力に依存するカイゼン活動は必ずしもうまくいっているわけではないため、センサーなどを効果的に活用した「デジタルかんばん方式」の導入に期待が集まっている。 現場が優秀な日本ではデジタル化の力を借りずともこれは既に実現できているため、「今更センサーやカメラ、データベースやアルゴリズムを入れる追加投資のメリットを見いだせない」のは当然かもしれない。そこで経営者は「『価値創造』に注力せよ、『新規市場』を立ち上げろ」となるわけだが、単純に「価値創造」を「既存製品への付加サービス」、「新規市場」を「既存製品を海外で売ること」と捉えてしまうと、なかなか解は見つからない。 モノづくりのノウハウは技術情報として個別に提供されたり生み出されたりするが、現状では個別に取引されるわけではない。I4.0でのスマート生産サービスとして提唱されているのは、それをクラウドで取引する技術情報のマーケットプレイスだ。

 

 

 

 

■注目の提言書「スマートサービスの世界」

今年(2015年)の3月に最終報告書が公開された「Smart Service Welt:スマートサービスの世界」は、これを考える上で参考になる。この白書は「インダストリー4.0提言書」を取りまとめたacatechのカガーマン氏が率いるSmart Service Welt Working Groupがやはり取りまとめを行った言わば「インダストリー4.0のビジネスモデル提言書」であり、スマートサービスの新しいビジネスモデルと具体例が、今後必要となる社会的なインフラ要件と共に100ページ以上にわたって記述されている。http://goo.gl/GsrDij この白書で提示されている「技術情報のマーケットプレイス」と銘打たれた事例が、センサーなどから得られたデータを価値として市場化する新しいビジネスモデルだ。この例では工作機械などのセットメーカが装置をユーザに売るという従来のビジネスに加え、装置に備えられた各種のセンサーから得られる特定の加工条件を加工プロセスなどと合わせ、これを新たな付加価値として取引できる新市場の創出を提案している。 「現場に根付くノウハウをデジタル化してオープンにしたら競合優位を保てるはずがない」のは、このノウハウをマネタイズするための「取引の場としての市場」がこれまで存在しなかったからだ。特定の材料を特定の形状や精度で加工するための難しい条件はこれまでノウハウとしてユーザの競合優位性の源泉とされてきたが、材料や装置の特性を逐次交渉してサプライヤーから情報開示を受けたり、場合によっては自らのノウハウを開示した上でセットメーカに装置を改良してもらい、ノウハウを練り上げることで日本の製造業は競争力を確立してきた。こうしたノウハウはその構成要素が擦り合わされてしまっているため実態が不明確でまねされにくい。ただ、それが故にそのノウハウを活用して製造した部品を販売するしかマネタイズの方法がないため、特定部品の需要に業績が極端に依存し、ビジネス基盤が不安定でスケールしない。「技術力はあるのにビジネスが弱い」企業にはこうした構造的な課題があるように見受けられる。

EtherCAT P発表の様子

EtherCAT P発表の様子

■日本企業こそ高い競争力を発揮できる

センシング技術を駆使してさまざまな加工ノウハウを構成要素ごとにデジタル化し、セキュアにブラックボックス化した上で再販できる「技術情報」として規格化できれば、ユーザも材料メーカもセットメーカもこれを対等に取引できる新たなパートナーシップを形成できる可能性がある。 I4.0で注目されているOPC-UAや産業用イーサネットなどのオープンな通信規格で現場とITの世界がつながることにより、こうしたノウハウを通貨のように取引ができる新たな市場がクラウド上に生まれれば、そこで極めて高い競争力を発揮できるのは実は日本企業ではないだろうか。

■筆者プロフィール

べッコフオートメーション川野俊充社長

川野 俊充(かわの・としみつ) ベッコフオートメーション代表取締役社長。1998年東京大学理学部物理学科卒業、日本ヒューレット・パッカード株式会社入社(半導体計測機開発エンジニア)。2003年、カリフォルニア大学バークレー校 ハース経営大学院経営学修士、日本ナショナルインスツルメンツ株式会社入社(プロダクト事業部事業部長)。07年から慶應義塾大学SFC研究所上席所員。11年からベッコフオートメーション株式会社代表取締役社長。現在「EtherCAT」開発元のベッコフにて、ソフトウエアPLC/NC/CNCのTwinCATによるPC制御ソリューションの普及に努めている。