【提言】-デザイン力が、第4次産業革命の主役である-【高木俊郎】日本の製造業再起動に向けて(20)

デザインが時代を変え、時代がデザインを変える

第4次産業革命やインダストリー4.0の話題が盛んであるが、『デザイン』の重要性について語られることは少ない。デザインとは本来『設計』のことであるが、ここでは、工業製品の意匠デザインを中心に製造業にとっての『デザイン力』の重要性について触れてみたい。

日本は、自他共に認める『製造大国』であるが、『デザイン大国』とは言い難い。欧州を旅して、『建築デザイン』や『都市デザイン』の美しさに心を奪われるのは、私だけではないはずである。車や電子機器・キッチン用品などの工業製品に限らず、衣服や印刷物など日常生活の必需品ですら、欧米には魅惑的なデザインがあふれている。

日本には、歴史的にも独自の文化や芸術があり、優れた国際的デザイナーも数多くいるのに、なぜ『デザイン大国』になれないのか?

この理由を探求するには、日本人全体の宗教観や生活価値観まで遡らなければならず、決して容易ではないが、特徴的な事象を上げてみたい。

米国に留学経験のある人は思い当たると思うが、入学してキャンパスを歩くと、美女・美男の集団に出会う。優しく語りかけてくれる同年代の外国人学生に魅惑され、心を許した先に待っているのは、キリスト教へのお誘いである。恋愛や人生観まで語るキリスト教徒にすっかり感化され、入信してしまうのが常道である。

キリスト教は、仏教とは違い、信者を増やすのに非常に積極的な宗教である。国境を超えた布教活動のために、カッコ良いデザイン、カッコ良いパフォーマンス、人々の心に訴えるアプローチを常に意識し、進化させる魂が、何千年の歴史に刷り込まれているのが、キリスト教徒である。自分の宗教や思想を他人に押し付けるために、『カッコ良さ』と『美しいデザイン』を追求するキリスト教徒の遺伝子を、われわれ日本人がまねすることはできない。

また一方では、アジアの工場を視察すると、工場内に『5S』を掲げている工場が多い。『Seiri・Seiton・Seisou・Seiketsu・Shitsuke』と日本語そのままでローマ字表記され、現地語の併記が普通である。『5S』とは、トヨタ流改革における働きやすい環境を整える基本要素であり、日本が発信し、世界に根付いている。『5S』は単なるスローガンではなく、管理された効率的な工場を運営するための基礎となっている。今後のデジタル工場構築にもますます『5S』が必要である。

『5Sなくしてインダストリー4.0の実現なし』と言っても過言でないほど、重要である。しかし、優れた『5S』にも強い副作用がある。それは、『デザインの重要性』が軽視され、工場全体の『デザイン感性』が弱まり、突飛な自由発想が排除されてしまうことである。

日本の大工場は『5S』によって、世界最高水準のQCDと生産性を有し、優れた工業製品を生産するようになったが、ユーザの心に訴える官能的なデザインをどこかに取り残してしまった。今後の第4次産業革命/インダストリー4.0の時代を迎え、ますます重要となることは必至である。『デザイン』の重要性を理解するには、その前提となる『イノベーション』と『ヒット商品の条件』の歴史的変化を深掘りする必要がある。

製造業または広義のビジネスにおける『イノベーション』とは何であろうか?

新たな技術革新により、新市場が爆発的に創造されることを『イノベーション』という。イノベーションとは、単なる技術革新や高性能な新技術の開発だけではない。イノベーションとは、『爆発的普及』すなわち『売れること』が必須である。

世界のイノベーションは、日本がまだ江戸時代の頃、大英帝国の産業革命から始まり、以降イノベーションとヒット商品を生み出す源泉は、時代とともに変化してきた。かつて、第2次世界大戦以前のヒット商品の源は『科学技術』であった。米国GEから、電気を応用した新しい科学技術が生み出され、ここから爆発的なヒット商品を生み出したのが好例である。

戦後のヒット商品の源泉は、マーケット(消費者のニーズ)に変わった。消費者の望む機能について先を競って搭載する企業間競争が激化した。内需を豊富に抱える日本繁栄の時代である。

1992年まで続く日本企業大繁栄の時代には、大手製造業では徹底的なQCDに加え、大胆な『デザイン挑戦』にも積極的であった。この頃から『デザインの良しあし』が、ヒット商品の一つの要因となり、美しいデザインを搭載した工業製品が日本からも誕生した。技術者たちの、希望と勇気に満ちあふれた日本の黄金時代である。

1992年バブル崩壊以降の日本製造業は、リストラとコストダウンに躍起となり、チャレンジ精神も後退し、『デザイン力向上』への挑戦も薄れた。日本の誇る『5S』は、『金太郎アメ』的な規格人間を増殖したが、この結果『自由発想人間』は大手製造業のなかで肩身が狭くなり、活躍の場を失っている。デザイン進化の危機である。

第4次産業革命を迎える新しい社会は、IoTや人工知能が主役となるデジタル時代である。世界的な貿易停滞(スロー・トレード)も進行し、世界の総需要も減少する時代である。この新しい時代のニーズは、消費者個人の『個人志向』に代わっていく。消費者一人ひとりに訴える『技術とサービス』がヒット商品の源泉となる時代である。プロダクト中心からサービス中心へ。この新しい時代にあって、『デザイン力』が何よりも重要な要素となってくる。

デザインが時代を変え、時代がデザインを変えていく。日本の製造業の未来にとって、『5S』の魂や、日本列島津々浦々に存在する中小製造業の存在が今後の発展と差別化のベースになることは議論の余地がない。世界に誇る『日本のモノつくり=アナログ力』に、第4次産業革命の『デジタル力』が付加されて、『日本式インダストリー4.0』が花開くことは確信できるが、日本製造業の最大課題は、『デザイン力』の向上である。人々を感動させ、人々の心に訴える『デザイン力』が第4次産業革命の主役になることで、血の通ったアナログ・デジタルの融合が生まれるだろう。

高木俊郎(たかぎ・としお)

株式会社アルファTKG社長。1953年長野市生まれ。2014年3月までアマダ専務取締役。電気通信大学時代からアジアを中心に海外を訪問して見聞を広め、77年にアマダ入社後も海外販売本部長や欧米の海外子会社の社長を務めながら、グローバルな観点から日本および世界の製造業を見てきた。

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