製造業・世界と戦う担い手づくり エキスパート待望 (26)

技術者にとって回避したい丸投げ思考

技術者は抱え込む方が多い

技術者の多くは気質として自ら業務を抱え込んで何とかやり切る、という方が全般的に多い傾向があります。過去にもコラム「人に聴くということを覚えさせる」でその対策をご紹介したことがあります。

これはこれで、変なプライドを背後においてもらい、人と協業することを覚えさせることが重要です。しかし、中には全く逆の傾向を示す技術者も存在するということを認識しなくてはいけません。

 

丸投げする技術者

結論から先に言うと業務を丸投げする方です。左から右に仕事を流すのです。自ら考えて何とかしよう、他の人に聴きながら進めていこう、という考えではなく、「これ、よろしくお願いします」の一言で済まそうとします。本コラムをお読みの方の周りにも心当たりの方がいらっしゃらないでしょうか。

このような技術者は40前後から急増しますが、実際に企業で行う指導を通じた実感としては年齢問わずに多いのが現実です。早い人物は20代中ごろから30歳前後でこの手の業務推進方法をとろうとするケースもあります。

丸投げというように書いた業務は、時に必要です。推進するためには社内外の各専門の人物に依頼をし、効率的に業務を推進する際には妥当なやり方です。では、何が問題なのでしょうか。

 

丸投げを繰り返す技術者の問題点

問題点の結論を先に言うと、「本来自ら行うべき業務まで周りに丸投げしてしまう」ということです。そして得てして丸投げされる相手は、仕事のできる技術者に集中しがちです。当然ながら仕事のできる技術者はそれ以外にも本来自らやりたい仕事、やらなければいけない仕事がある。その仕事に「横やり」を入れてしまうのです。

これが繰り返されてしまうと、仕事のできる技術者に仕事が集中し、組織全体としての業務効率が低下するという問題がまず発生します。その後、このような状況に嫌気のさした仕事のできる技術者からモチベーションの低下が始まります。

モチベーションの低下した技術者は、以下のいずれかの応答を示します。
 ・業務を引き受けないという頑な姿勢
 ・退職する(転職する等)

 

職場で今まで何気なく回っていた業務が、人の感情論のぶつかりにより雰囲気が悪くなると、職場全体の士気にかかわります。ましてや仕事が集中するような技術者が辞めてしまうと、すぐに技術者を雇いたくても、人材不足の叫ばれる昨今、一部の大企業を除き、簡単にいい人材を採用することは難しいでしょう。

今は技術者に対する転職ニーズは極めて活発であり、より好条件の勤め先を見つけることはさほど難しくない時代です。私も転職を斡旋する企業の知り合いの方がいますが、最近は40歳前後(場合によっては40歳過ぎ)でもニーズにマッチする専門性やスキルがあれば好待遇での職があるとのことです。結果的に欠けたマンパワーを残った技術者でカバーするため、残った技術者の負荷が高まるという悪循環になります。

そしてさらに追い打ちをかけるように、ここでもう一つ忘れられがちな問題が浮上します。

 

丸投げする技術者の成長は早い段階で止まる

多くの丸投げする技術者は、本質的な技術的資質に疑問符が付きます。このことは技術者にとっては致命的といえます。人に業務を振り分けるというやり方自体は、マネジメントの「一部」としては重要です。あくまで「一部」であるということを強調しておきます。

本来マネジメントは仕事を振り分けるという思考を行うにあたっては、現段階の職場の負荷状況はもちろん、職場外、さらには社外の状況や情勢を踏まえた業務増減見込みの考慮、さらには突発的に生じるかもしれない問題や課題に対する予備施策、といった多くの事項を考慮した上で、俯瞰的視点から振り分けます。

これができていれば問題ありませんが、ほとんどの技術者はこのようなマネジメントはできていないのが私の知る限りの現実です。私が企業指導におけるさまざまな現場で見てきた事実がそうなので、多くの企業にも当てはまると考えることに大きな問題は無いと思います。

 

こうしてマネジメントを知らずに、人に仕事を丸投げすることで業務を推進したという自己満足に浸る技術者が出来上がります。上記のような自らの直感で仕事を丸投げするというのは、言い方によっては小学生でもできることです。

そのような単純作業を繰り返していては、本来技術者として特に若いうちに身につけるべき論理的思考力、専門性、それらを応用した実践力が全くと言っていいほど醸成されません。仕事を振り分けることで業務が推進できるので、上記の技術者の中には出世して経営者層にのし上がっていく方もいます。これは本来の組織経営論としては問題ですが、それで組織が機能しているのであればある程度許容すべき話です。

しかしそのような例外の技術者はあくまで限られた方、選ばれた方のみです。上記を除き、多くが「口だけの技術者」になってしまうのです。

 

30歳代まではまだいいでしょう。40代に入ってくると場合によっては「組織としてお荷物」になります。給与ばかり高くて、自らは何もできないからです。行き着く先は明記するまでもないでしょう。結局、技術者本人が不幸になるのです。

日本の企業では人件費が相対的に高いことから、技術者の質も高まりつつある新興国との競争が激化することに加え、IoTやAIの技術向上と適用が今以上に進んでくると、何も考えずに仕事を丸投げする業務には価値がなくなり、むしろより安価な人件費で実務を遂行する新興国の若い技術者の方々、入力されたデータを特定のアルゴリズムで適切な業務振り分けを行うAI等の方がずっと価値のあるものになります。

 

変化の速い時代を技術者が生き残るために

上記のような流れが強まっている今だからこそ、結局のところ必要とされているのは徹底した論理的思考力に裏付けられた基礎力、そして複数の軸を有する高い専門性と、それらを継続して徹底的に鍛え上げるという徹底した自己研鑽意識と実行力です。

つまり技術者としてごく当たり前の基本を徹底的に鍛えることが、自らの柔軟性を高め、先の読めない時代を力強く、時に柔軟に自らを変化させながら生き抜くための根幹なのです。

「丸投げ」のような効率を求める他力本願なやり方ではなく、本人が最も大変な自己鍛錬にこそ、これからの時代を生き抜くための本質が隠されているということを実感いただければ幸いです。

 

◆吉田州一郎(よしだしゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社 代表取締役社長、福井大学非常勤講師。FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。

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