- コラム・論説
- 2024年6月19日
令和の販売員心得 黒川想介 (144)
昭和期のFA販売員は商品のアプリケーション事例が見つかると、それは嬉しかった。新規客を訪問するためのツールが一つ増えたからである。
生産の仕組みや機械、工場設備などがよく分からない状態で、当時まだ少なかった制御商品のカタログを持って訪問しても、現場の技術者や製造管理者は本気で会ってくれなかった。しかし工場の現場で実際に制御商品が使われている事例が分かれば、会話の中心は売り込む商品ではなく、顧客の設備や生産の仕組みになる。そうなれば顧客は口を開いてくれた。当時の販売員は制御商品が売れなくても、話をしてもらえることが嬉しかった。会話をしてくれることが、顧客開拓に明け暮れるストレスを癒す効果があったのだ。
現在の製造の現場は制御商品を必要としている。だからFA販売員は商品の良さをいろいろな角度からアピールして売り込む営業になっている。一方、昭和期当時の製造現場は、設備のオートメーション化を必ずしも必要とは思っていなかった。だから販売員は、必要としていない商品を売るためには相手をその気にさせなければ話にならなかったのだ。
この昭和期と平成期の営業の違いは「顧客現場での必要の段階の差」によるものが大きい。必要の段階とは、「いらない」「少し興味が出た」「あったらいいな」「予算があるから購入してみようか」「必要だから購入する」というように、製品の必要性に対する顧客の心の動きである。
案件を着実につかんで商談に持ち込む。現在の販売員が対しているのは「必要だから購入する」の段階である。だから案件に該当する商品探し営業となり、商品技術を披露する営業になっている。顧客がそのような営業力を求めていると思うから、平成期のFA販売員はその営業力をつけるために努力してきた。その努力の結晶として身につけた営業力は、顧客のためと言いながら、実際は「力ずくで説得する営業」になっている。
説得営業とその気にさせる営業は根本的に違う。
例えて言うならば、「自分の子供にはこうしてもらいたい」という親の言い分が説得営業である。一方で、「子供がこうしたいという気持ちを優先して話し合いをし、子供がなぜそう思うのかを知ることから始めるのが、その気にさせる営業だ。親はどうしても自分の経験から、自分の子供はこうすれば苦労はしないし、幸せになると思ってしまう。だから現在のFA営業は、この製品を製造現場で使用すれば生産力や生産効率は向上するし、省エネになるという説得材料を持って営業をする。平成期は、製造現場で使用する制御商品のアプリケーションはほぼ見えていたから、親の言い分で説得する説得営業が効果を上げたのだ。
自分の子供であっても未知数であり、親には無いものがあるかもしれない。だから親からみれば世の中のことが何もわからない子供がなぜそのような選択をするのかが分かれば、違った角度でアドバイスができるかもしれない。
昭和期は製造現場が未知数に満ちていた。だから制御商品のアプリケーションはあまり分かっていなかった。昭和期の販売員は、はじめは、制御商品の良さをアピールして、この商品を使えば機械設備の自動化ができ、便利になりますと売り込んだが、そのような説得営業では製造現場の耳には届かず、話に乗ってくれないし、忙しいからと断られ、大きなストレスを感じた。
しかしその失敗の連続は、昭和期の販売員に「現場を知らないと話にならない」ということを気付かせた。そして、営業がしゃしゃり出る前に、相手に現場のことをしゃべらせることの大切さを知り、現場の諸々のことになると見込み客は活き活きと話す事を感じ取り、その気にさせる営業へとシフトした。話の内容からすぐにアプリケーションが浮かぶわけではなかったが、販売員の対面ストレスは緩和されたし、再び新規開拓に向かうための力が湧いた。これを繰り返し、次第に制御商品のアプリケーションを増やしたのが、昭和期の営業であった。
