【製造業・世界と戦う担い手づくり エキスパート待望 (107)】新人技術者の技術力を高めるために重要なOJT
雑用で得る「周りからの信頼」
新人技術者の技術力を高めるために重要なOJTは何か、ということについて考えてみたいと思います。4月に入社した技術系新入社員も配属され、GW明けの5月中旬以降順次実業務が始まります。若い方が入社されるのは、職場の人にとっても嬉しいものです。職場に新しい風が吹き、活性化するような印象もあるのではないでしょうか。
入社した技術系新入社員にとって、一番最初は簡単な業務を通じた他部署の方との顔合わせが、個人プレーからチームプレーへの意識改革の観点からも、まず取り組むべきことであるということは、過去に述べました。次の段階として、技術系新入社員の技術力を高めるために必要なOJTについて考えてみたいと思います。
仕事の基本はすべて雑用から
技術力を高めるために何が必要か、というと技術的な研修を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、順番から言うとそれは後回しになります。まず技術系新入社員が取り組むべきは、「雑用」になります。雑用というと、程度の低い仕事という固定概念を持つ方が多いかもしれませんが、それは間違いです。
では、ここでいう雑用というのが何を指しているのかについて事例を紹介します。・物品の発注・訪問客への対応・電話対応・掃除・打ち合わせ前の会議室準備・資料の整理・技術資料の作成・廃棄物の処理手配や処理作業・事務関係書類の手配、作成 等上記を見ると、中堅以上の技術者にとっては「当たり前の日常業務」ではないでしょうか。
中堅以上の技術者にとって、上記のすべてを「雑用」と感じるとは限らず、当たり前の業務と映るはずです。しかし、技術系新入社員は恐らく異なる印象を持つと思います。それは、「ほとんどすべてがあまり意味のない雑用に見える」というものです。理由は簡単です。実務経験のほとんどない技術系新入社員は程度の差はあれ、「技術的な専門知識が不要な仕事の多くは雑用である」と考える傾向にあるためです。しかし上記の通り、技術系新入社員が雑用とみなす仕事の多くは日常業務であるため、中堅以上の技術者の方々は、これらが回らないと技術的なものを含む日常的な業務を推進できません。よって、まず技術系新入社員は彼ら、彼女らが「雑用」とみなす仕事を覚えることから始めるのが妥当です。
技術系新入社員の観点から雑用とみられる仕事ばかりだとモチベーションが下がる
しかしここで問題があります。それは、「技術系新入社員が雑用とみなす仕事だけだと、モチベーションの低下が生じる」というものです。技術系新入社員の多くは、高専、専門学校や大学等で何かしらの専門教育を受けた人が多い。それ故、どうしても専門性至上主義から逃れられないのです。その結果として、「何故、自分たちは技術系社員として入社したのに雑用ばかりなのだ」という心理が芽生えてしまうのです。
– 技術的な業務2割、技術系新入社員のいう雑用が8割
これらを考慮し、全体の業務のうち8割は技術系新入社員のいう雑用に、それ以外の2割は技術的な業務というバランスで割り振ることが望ましいと考えます。2割の技術的な業務は、技術系新入社員のモチベーションの維持向上が目的です。よって、技術専門的な業務に関わっているという実感を持たせられれば十分です。評価設備を使った分析評価、Macro等の簡単なプログラムを組む、生産設備のメンテナンス等の補助といったものが一案です。高度な業務を与える、技術的なスキルアップを軸に置く、というところまで配慮する必要はありません。
将来的な技術者の技術力向上につなげるためには
繰り返しですが、前提は技術系新入社員のいう雑用をきちんと対応できるようになるのが第一歩です。そしてこの取り組みが結果として「技術系新入社員の技術力向上につながる」というのは意外かもしれません。この雑用をきちんと対応できることによって、技術系新入社員が得られる大きなものがあります。それは、「周りからの信頼」です。
– 技術者が技術力を高めるには、周りからの信頼を基本とした実務経験しかない
技術者として本当の意味で技術力を向上させるには、「ある程度プレッシャーのかかった状態で、技術的な業務を最前線で完遂させる」という「実体験」しかありません。しかし、このような体験をするためには周りがそのチャンスを与えなくてはいけないのです。裏を返すと、技術系新入社員が黙々と雑用を対応することで信頼を得られれば、上記のような技術力向上の実業務を体験する機会を獲得する可能性が上がります。
一見遠回りに見える技術系新入社員のいう雑用が、結果的に技術者として最も重要な技術力向上につながる、
というのは多くの若手、中堅技術者が見失いがちな観点といえるでしょう。ここまで見据えて、技術系新入社員はまず雑用をきちんと対応できるようになることがOJTとして重要である、ということをマネジメントが理解し、技術系新入社員を導く必要があります。
技術者育成に焦りや効率化の考えは禁物
技術変化のスピード向上に加え、人材の流動化、テレワークの浸透や地政学的リスクなど、今の時代は様々なことが生じています。しかし焦る故に、効率だけを求めることは大変危険です。効率化が重要かつ効果的なものと、時間をかけてでもじっくり取り組まなくてはならないものがあるのです。技術者人材育成は明らかに後者です。技術者育成に時間をかけても、すぐに辞められては意味がないという意見もあるようです。
しかし、技術者育成に時間をかけることが問題なのではなく、若い技術者たちが退職するような社風、例えば閉塞的な雰囲気、挑戦無き保守的な姿勢、上層部からの高圧的な指示等が問題の本質ではないでしょうか。まずは雑用を通じて周りの信頼を獲得させるチャンスを与える。技術系新入社員にとって重要な取り組みであることを認識いただければ幸いです。
【著者】

吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
FRP Consultant 株式会社
代表取締役社長
福井大学非常勤講師
FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/
