「強い生産現場」のための顧客情報の活用:第6回:製造業における顧客情報とデジタルトランスフォーメーション(DX)

本連載では、製造業における営業部門と製造現場の間の課題から、CRMによる顧客情報の共有の重要さ、そして今後の製造業に求められる顧客情報の位置づけとCRMの価値についてお伝えしてきました。最終回となる今回は、あらゆる場面でキーワードである「デジタルトランスフォーメーション(DX)」と、製造業における顧客情報がどのような関係にあるのかを整理したいと思います。(第1回第2回第3回第4回第5回

製造業における一般的なDX

いまやDXは、ITだけではなく、ビジネスや一般生活の場面でも目にします。定義は様々ありますが、2018年の経済産業省による定義では、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とあります。これは従来のデジタル化、つまり既存のビジネスやプロセスをデジタル化して効率化するというIT活用だけではなく、デジタル技術自体を活用したビジネスプロセスを構築し、ユーザーに新たな価値を提供することを意味します。

このように定義すると、非常に高尚なことのように感じますが、製造業においてもその取り組みは進んでいます。典型的な例は、輸送機械や原動機など、消耗部品を使用している場合に、IoT技術を使って製品の状態をモニタリングし、故障や消耗する前に予防保全を行うサービスなどがあります。

また、生産現場においても、各ライン設備や部材、人の動きなどをIoTやAI技術を使用してデータを蓄積、分析し、最適な生産設備の配置や段取りなどの改善につなげる例もあります。

顧客とのつながり

DXの目的を再度考えると、デジタル技術を活用していかに顧客に新たな体験を届けるのかという視点が外せません。従来は製品を納品したあとは一回顧客とのつながりが絶たれ、故障やトラブルの際にサービス窓口で再び接点を持つということが一般的でした。先の製品のモニタリングのサービスの例を考えると、納品後もデジタル技術や通信回線を利用して顧客とつながり続けるという大きな変革があります。

つまり、これまで商談、納品、アフターサービスなどの「点」での接点だったのが、使用状況や製品の状態を常にモニタリングすることで「線」の接点に進化することです。つまり、DXの価値の一つは、「顧客接点」の変革にあり、その結果もたらされる顧客体験(ユーザーエクスペリエンス)にあるのです。

既存のビジネスでの顧客体験

新たな顧客体験を創り出すには、新たなビジネスモデルが必要でしょうか。実はそうではありません。現在の顧客体験に改善の余地があるとすると、その理由のひとつは、営業、納品、アフターサービスなどの顧客接点の情報が連携されず、個別に管理されていることにあります。営業は商談情報の管理で、商談が成立したあとは次の販売機会をどうするかという視点の情報しかありません。一方、カスタマーサービスでは、顧客に対していつ購入したどの製品についてなのか、ということから尋ねます。しかし、本来は顧客がわかればその販売履歴がわかり、サポートが発生すれば営業がフォローするべきかもしれません。

これをつなげてゆくのがCRMというプラットフォームであり、この販売やクレーム情報を含むサポートの履歴を製品開発や製造現場まで共有することで、顧客の傾向を把握することができ、新たな製品やサービスの開発、また製造工程の改善など、さまざまな価値を生み出す源泉であるのです。同時に新たな顧客体験につながるのだとしたら、これも製造業におけるDXと言えるのではないでしょうか。

働き方改革と情報の集約

コロナ禍によって、これまで対面等で行われていた顧客接点が一気にデジタル化されました。そのため、顧客接点の情報は急速にデータ化されたかもしれません。しかし、その情報を共有する場も同時にデジタル化が進みました。これまでの社内の情報共有は、意外と非公式な場で共有されているのではないでしょうか。典型的な例は、タバコ部屋コミュニティや飲み仲間などです。しかし、いずれもコロナ禍においてそのつながりの機会が大幅に減っており、これまでそういった場で共有されていた情報が流通しにくくなっているのです。顔を合わせていれば、「あ、ちょっといい?」という会話が、リモートではなかなか話しかけにくいという声も多く聞きます。

このような状況も、いまCRMというプラットフォームに注目されている理由の一つになっているのではないかと推測しています。

情報システムの価値の変革

顧客情報をつなげ、顧客体験を創造するには、実はCRMの情報だけでは不十分な場合があります。そこで扱われる製品の情報や関連する生産、在庫などの情報と連携できて、より正確かつ意味のある情報に変わります。たとえば、顧客との商談対象となった製品が、単なる製品名だけではなく、型番まで正確に選択できているのとで、その情報のレベルが上がります。どの時期に生産されていて、グレードやスペックがどの製品を対象にしていたのかが正確に把握できます。もちろんCRMにも製品マスタを持つことは一般的ですが、マスタ連携ができていなく、CRMシステムに独自の型番や製品コードが登録され、他システムとの整合性が取れない状況が発生します。こういう状況では、せっかくの情報も信頼性や価値が落ちてしまいます。

CRMはプラットフォームとして価値がありますが、同時に関連するシステムとのデータ連携も重要なポイントです。システムを接続し、データを連携することもDX実現のための重要な要素です。

意識の変革はシステムを起点に

DXの定義の中に、「企業文化・風土を変革し」とあります。この点は、最近の議論の中でも非常に重要視されているポイントで、従来のプロセスだけでなく、意識のもとでは顧客を起点にしたDXの実現は難しいと言われています。しかしながら、DXをするから企業文化を変えよう、と言ってもなかなかうまくはゆきません。そのために、まずはシステムを導入し、仕組みを作って、それに合わせるところから始めるというアプローチも取られることがあります。常に顧客情報が流れてきたり、接することで、まずは顧客という意識が生まれてくるのです。一見順番が逆のように感じられるかもしれません。しかし、環境や仕組みによって変革を促すのは、合理的な方法であり、多くの企業で取り入れられています。

顧客→製造→顧客

これまで製造現場の方は、製品が生産され、それが顧客に届けられる、つまり「製品→顧客」という順番で考えていたのではないでしょうか。しかし、この連載を通じて、製造している製品の起点は顧客であるということに気づいていただけたと思います。「顧客→製品→顧客」という流れが正しいのです。自社の製品の出発点は顧客である以上、製品に携わるすべての部門で顧客情報が共有されることの合理性があるのです。

DXの本質も実はここにあります。ビジネスをDX化する目的でアイデアを出すための手法として「デザインシンキング」という方法論があります。ここでいうデザインは、外形の造作や意匠ではなく、設計に近い概念です。ビジネスや、それを実現するためのアプリケーションの機能などを検討するために、ユーザーの目線で徹底的に「こうであればいい」というアイデアを出し、それを起点に機能などに落とし込む手法です。

この例でも分かる通り、DXの主役は「顧客」であり「ユーザー」なのです。

製造現場における顧客情報の価値

本連載を通じ、製造現場にとって、あるいは製造業にとって、顧客情報がどれだけ重要であるか、そしてそれを実現するためにCRMというプラットフォームが有効であり、場合によってはシステムから企業文化の変革を促し、DXを実現するための基盤になりうるということをお伝えしてきました。

これは、第1回でお伝えした製造現場と営業部門の間の溝を埋めること以上の価値があり、製造業が今後の変化に柔軟に対応して生き残るための糧になるものでもあるのです。

製造現場にとってもすべての起点は顧客にあります。

しかし、理想の環境にたどり着くまでには、多くの段階を経ることも必要です。時には客観的な意見や、第三者を加えることで円滑に進む場合もあります。外部リソースの活用も含め、ぜひ「強い製造業」を目指していただければ幸いです。

<NTTデータ グローバルソリューションズについて>

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