令和の販売員心得 黒川想介 (20)

2020年4月8日

ICT・IoTの新市場形成
現場は何を求めているのか

鳥は空を飛ぶのが天職である。魚は水中を泳ぐのが天職である。これに習って言えば、人間はつくるのが天職と言えるようだ。人は制度や組織や色々なものを常につくり続けている。

機器部品営業が係わる産業用や業務用の製品をつくり出す現場でも、色々なものがつくり続けられている。この業界の黎明期や、離陸期の生産形態や製品と現在のそれらを比較すれば、その大きな差に驚かされる。一年一年を振り返ってもそれほどの差は感じられなかったのに、大きな差ができるのは人は毎日つくり続けているからだ。

販売店も一年一年の変化は見えにくいものだが、10年以上経ってみると販売店間の優位、劣位の差は見えてくる。両者ともコツコツと何かをつくってきたのに、その差は歴然となる。両者とも創業時はとにかく顧客を増やすことに必死になる。売り上げが安定して、会社運営が安全圏に入る、そこから販売員の戦闘能力頼りにしてきたか、多少の戦略戦術を考え実行してきたかという年月が、販売店間の差となっている。

 

平成期の生産現場は生産効率や品質向上を目指して、手直し的改造・改善・リニューアルが盛んであった。その市場で活動してきた中小の販売店もまた、周囲を見ながら社内のシステムや商材を手直ししながら凌いできた。

令和に入る少し前から、産業構造や生産現場にも情報技術が入ってくるという予告があって、IoTやAIという言葉が氾濫し始めていた。そして令和に入っていよいよそれが現実味を帯びて始まってきた。そのような事態に、販売店は販売員の戦闘能力強化や周りを見ながら社内システムの手直しで乗りきれるのだろうか。それではダメだと感じている中小の販売店でも、取りあえず販売員の戦闘能力強化でいくところが多いだろう。

しかし、いったん現場でICT技術が始動するとそのスピードは速い。令和10年過ぎ頃は、劇的に生産形態や現場が変わったものになっているに違いない。

 

現在、隆盛を極めているFA市場の歴史も同じ現象を辿ってきた。1960年代の黎明期を抜け出して、離陸成長期に入ったのは70年初の頃からだった。その後わずか10年後の80年頃の生産現場はFA化されていた。80年代の半ばには、日本は世界の工場という異名を取ったほどに当時のFA技術は完成されていた。自動制御技術が離陸成長を始めてわずか10数年経った時、黎明期には想像もできなかった生産現場になっていたのだ。令和10数年頃にもそのような経験をするだろう。だから10数年後に後れを取らないで追随していくには、一年一年の変化に敏感でなければならない。変化を肌で感じれば、営業戦術を変える必要に気付くだろう。

現在大半の販売店では、見えた商談テーマを一つでも取り残しをしないように、商談テーマ管理手法を取り入れている。案件情報や競合情報を管理するこの手法は、売り上げ情報活動として平成期から活発に行われている。しかし現在では、戦術的にやっているというよりテーマ管理か目的のようだ。平成の初期には効果はあったが、令和がつくる新市場には効果はない。なぜならICTとFAを統合する技術の人やグループは、現在の顧客になっている人とは限らないからだ。したがってその市場に係わる人やグループへのタッチ戦術が必要になる。もちろん、現在顧客になっている人やグループも新市場の形成に参加するだろう。その彼らに対しても、従来の商談テーマの情報入手に血道を上げるのでなく、販売員に一体、何を求めているのかに気付くことが大事なのだ。

かつてFA市場の離陸成長期に現場では①FA技術情報②FA技術による現場での活用事例をしきりに知りたがっていた。令和前期ではまさにICTやIoTに関することを現場では知りたがっているのだ。