藤本教授のものづくり考(6)

ものづくり、これからの20年

今後20年のものづくりを考えるとき、過去数十年の戦後日本の現場の歴史を振り返り、長期の歴史観をもって構想を練る必要があると思います。

終戦直後に冷戦が始まり、地理的に東西間の壁に隣接するという偶然があった日本は、50年代、60年代を「移民なき高度成長期」として迎えることになりました。米国や中国のように内外から大量の移民があった国々と異なり、日本は慢性的な労働力不足に陥ったことで、結果として長期雇用・多能工・チームワークに裏付けられた調整能力の高い現場が大量に生まれることになりました。その代表例であるトヨタ生産方式が確立したのもこのころです。

その後70年代80年代になると、円高や低成長で国際競争が激化しました。とはいえ、このころの国際競争は「冷戦下の国際競争」であり、先進国間の競争であったため、賃金率などに大差はなく、いわばハンディキャップなき戦いでした。そうした中では、物的労働生産性の優位が「表の競争力」に直結して、急激なる円高にあっても貿易摩擦を起こすほど、日本の現場力が際立ちました。このころには高生産性のトヨタ方式が海外で注目を集めていました。

ところが90年代2000年代になって「冷戦後の世界競争」の時代を迎えると、鉄のカーテンの向こうから、すぐ隣に、工場労働者の賃金が日本の20分の1という低賃金人口大国中国が、突如として現れたのです。中国をはじめとする新興国に対して、物的生産性で数倍を誇っても、賃金が20倍では、焼け石に水でした。内陸から次々と新たな労働者が国内移民のように現れるため、低賃金が維持され続けました。そのインパクトは大きく、日本の経営者たちに、「コスト競争力とは低賃金のことだ」といったいわば諦念をもよおさせ、日本の高生産性という武器も見失われがちになり、国内現場は存続困難になりました。さらに、この時代には、デジタル情報革命(製品のモジュラー・アーキテクチャ化)が起きています。これによって設計の比較優位を失った家電業界では、非正規労働者を増やしながらチーム生産を強化するといった離れ業で、物的生産性を数倍に上げた優良家電工場さえが、閉鎖の憂き目に遭う異常な事態が続出しました。

しかし、永遠に続くかとも思えた賃金20対1という状況も、近年急速に改善されてきました。中国、東南アジアなど主要新興国の賃金高騰が始まったのです。すでに多くの産業で、中国の賃金は日本の数分の1程度に達し、まだ上昇が続いています。その一方、日本の多くの貿易財現場は、今でも「付加価値作業時間比率」が10%以下で、なお数倍の生産性向上の潜在力を持っています。現場からは、「新興国が射程に入ってきた」という声も聞こえてきます。事実、例えば中手造船など、コストでも中国の現場に勝てる産業が現れています。「良い現場」が生き残る確率は、過去20年より次の20年のほうが確実に高くなります。

以上の考察を踏まえるならば、「現場の能力構築による地域全体の生産性・品質・迅速性の底上げ」が今後ますます重要になってくることは明らかでしょう。

「冷戦後の苦闘の20年」を経て、今後は「頑張れば現場が生き残れる時代」がきているのです。私たちが、「地域スクール」の設置を各自治体にお勧めしているのは、以上のような「現場の歴史観」に基づいています。

◆藤本隆宏(ふじもと たかひろ)
一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事、東京大学大学院教授/東京大学ものづくり経営研究センターセンター長。1979年東京大学経済学部卒業、三菱総合研究所入社、89年ハーバード大学研究員、90年東京大学経済学部助教授、96年リヨン大学客員教授、INSEAD客員研究員、ハーバード大学ビジネススクール客員教授、97年同大学上級研究員、98年東京大学大学院経済学研究科教授、2002年日本学士院賞/恩賜賞受賞、04年ものづくり経営研究センターセンター長、13年一般社団法人ものづくり改善ネットワーク代表理事。「生産マネジメント入門〈1〉」(日本経済新聞社)ほか著書多数

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