ディーラーヘルプを 考える 黒川想介 (17)

2017年7月26日

キャンペーンは非日常
ここ一番でチーム力発揮を

機械文明を知らなかった江戸期の日本が米艦隊のペリー提督に恫喝されてから15年後に明治維新が成立し、その後わずか40年足らずで世界の列強国の仲間入りを果たした。その契機となったのが日露戦争であった。

当時、世界最大の陸軍を誇ったロシアに勝つとは思っていなかったが、戦場での勝利を外交に結びつけて、満州・朝鮮半島へ進出してくるロシアを阻止しなければならない一念で戦争に突入した。そしてボロボロになりながらも勝利した。

その要因は多々あると思うが、中でも日本海海戦の完全勝利は第一に挙げられるだろう。その完全勝利によって制海権が確保されたからである。まだ貧弱な経済であった日本にとって、一つの武器、1個の弾薬を無駄にする余裕はなく、大陸への補給は軍の生命線であった。

露国バルチック艦隊に完全勝利した日本連合艦隊の司令長官が乗った戦艦は旗艦三笠である。戦後、旗艦三笠に紆余曲折はあったが、現在、ペリーが来航した浦賀がある横須賀港で記念艦として当時のまま保存停泊している。艦内にはロシア・日本艦隊の模型があり、両艦隊が戦闘で艦隊移動した通りに動いていて、秋山真之参謀が考案したと言われる丁字作戦の動きが一目でわかるようになっている。近代戦以降、戦争の行方を左右する作戦で、丁字作戦ほど大成功を収めた作戦はない。

その後の作戦で映画にもなった有名な作戦がある。

一つ目は米英仏連合軍がやったノルマンディ上陸作戦である。上陸は辛うじて成功したが、その後ドイツ軍の反攻に遭い進軍ができずに数カ月も足止めを食っている。

二つ目はバルジ作戦である。ドイツ軍が大戦末期の戦況不利を打開するため、反転攻勢をしかけた作戦である。ベルギーのアントワープにあった連合軍兵たん基地を奪い連合軍を分断し、窮地に陥れるべく、ベルギー南西部のアルデンヌ地方から装甲戦車部隊を投入し、一気に電撃の如く進軍した。米軍1個師団を壊滅させ包囲の輪を縮めていったが、補給線が長くなり過ぎて装甲戦車の油・弾薬の補給が続かず、作戦は失敗に終わった。

成功した作戦も失敗した作戦も、ここ一番、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負は、後年、血湧き肉躍る歴史の一幕として語り継がれている。戦闘は生命を賭した異常な状況での勝負であるから、経営や営業上の激突とは違う。しかし、そのくらいの真剣さがなければ勝てないという点では、ここ一番という時には参考にすべきものがある。

昨今の営業戦線では作戦という言葉はあまり使われなくなったが、キャンペーンはよく使われている。作戦もキャンペーンも日常的営業活動から離れた非日常的活動である。一般社会で言えば平時と戦時と言うことができる。平時と戦時とはまるで違う社会情勢であるが、営業戦線ではそれほど日常的営業と非日常的営業の差はない。しかし日常のやり方とは違うことは違うのである。

現在行われているキャンペーン中の販売員の活動は、日常行われている活動とほとんど違っていない。違って見えるのは、キャンペーンのポスターが勇ましくなっているし、キャンペーンツールは十分に用意されている。商品展示・勉強会などのイベントが頻繁。さらに販売店や販売員に報賞が出るなど、ディーラーヘルプ的サポートが充実している点である。

キャンペーンの渦中にいる販売員に非日常的であるという実感はない。しかし、かつてこの業界のキャンペーンは非日常的な動きが自然とできていた。ディーラーヘルプが一つのチーム組織体という感覚を持っていたからである。軍事上の作戦実行でもわかる通り、キャンペーンが非日常的営業として成果が出せるのは、ここ一番という時にチーム力をいかに発揮するかにかかっているからだ。競合激しい業界だからこそ、ディーラーヘルプ組織能力に努めるべきなのである。