混沌時代の販売情報力 黒川想介 健全な現場・企業・社会つくる

2013年2月27日

成熟社会をつくり上げた現在の日本が老成化の道を歩むのではなく、生き生きとした活気のある社会を維持していくには一人一人の心の持ち方がいわゆる前向きであることが必要だと思う。健全な精神は健全な肉体に宿るという慣用句があるように、成熟社会に生きる一人一人が前向きの心を持つことが健全な精神の発露と言える。そして前向きの心を持つには一人一人の働く場所がまずあって、やりがいを感じる健全な環境がそこにあることだろう。

成熟社会をつくり上げる前に、日本はバブル経済を体験した。バブル期は豪勢な遊び、鷹おう揚ような出費・金権体質といった悪い面が強調されているが、成長期の働いていた環境は人の青春時代を彷彿とさせた。青春時代というものは、先のことは極端に言えばバラ色に見えているので、あまり先の先のことは考えずに精いっぱい行動して、自分を表現しているものである。成長期には物づくりする人も営業も、気忙しい環境の中にいた。自分達の働きは会社を発展させ、ひいては日本が世界に認められて誇らしい国に向かっていることを肌で感じていた。気忙しく動いていたので角を矯ためて牛を殺すというように小さな欠点を直そうとして、かえって全体をダメにするような環境にはなかった。むしろ、失敗を恐れるあまり先送りが多い現代とは違い試行錯誤でやってしまうことの方が多かった。

成熟社会の中にいる現代の日本は、文化国家として必要なものは一応そろえてしまった。失うものを多く持ってしまった上に、伸びる経済環境にないので失敗による損失を極端に嫌うようになっている。失敗を嫌うあまり、新しい発想が出にくくなっているので、従来の製品を技術的やデザイン的に手を加えて高機能化した物を新製品として世に送り出している。これでは需要が拡大し、働く場所が増えることにはならない。

制御業界の創業期や成長期には需要が新しい需要を呼び、新しい需要はどんどん増えていった。当然、その需要に応えるようにして新しい部品や機器が多数世に出た。そのために、それらの用途は他にないかとの探索に販売員は奔走した。この活動は当時三新運動と呼ばれ販売手段の主流をなしていた。成熟時代に入って、成長時代のように自然に需要が増えないからと言って、競合他社との力勝負をしているだけでは詮ないことである。老成化せず活気のある社会をつくるには、やりがいのある環境をつくることである。それには創業時代や成長前期にやっていた三新運動の考え方が必要である。そのためにはまず販売員は業務や製造の現場に精通し、需要を見つけ出し、需要に合った用途を自ら発見する力をつけていくことが必要だろう。

販売員が見つける新しい需要であるから、システム化したり、複雑なソフトを伴う大袈裟なものである必要はない。自分達の出入りしている顧客の研究・開発設計ではどんなことを志向しているのか、特にベンチャー企業には売れていない製品が多々ある。販売員の機転でちょっと見方を変えれば、新しい需要となる製品が散見されるはずだ。製造の現場では自動化の必要のある所はほぼ自動化が完成している。現在人手が介在している所は検査と出荷の部分である。この部分に大金をかけ、人を省く自動化は意味がない。人が介在しながらも、効率の上がる簡単自動機や検査治具の新しい需要をつくれば、人を省く機械ではなく人にやさしい機械・機器となり、人をやめさせなくても済むから新しい需要がつくられて、人の活気が感じられる現場となる。

販売員ができる新需要の発見と新しい用途の発見、それに合った商品の発見が新三新運動として定着することが、着実に健全な現場や企業や社会をつくっていくことに通ずるのである。
(次回は3月13日掲載)