【製造業・世界と戦う担い手づくり エキスパート待望 (84)】技術エキスパートにするにはどのようなスキルが最も必要か

今日のコラムでは技術エキスパートにするにはどのようなスキルが最も必要か、ということについて考えてみたいと思います。専門学校、高専、大学、大学院等で技術的専門性を学んだ技術者の卵は、企業にとっては大変貴重な宝です。
若い技術者たちは当然ながら経験値は不足していますが、冒険心や挑戦心、そして柔軟性や体力といった多くの強みを有しています。大学の先生方のお話をうかがい、私自身も大学の講師として教鞭をとっている実感として、COVID-19に端を発した不安定な世の中にあっても、自分の足で立ち、様々な観点で物事を見ようという意思がある優秀な学生の方も多くいます。
社会人の多くが右往左往する中で彼ら、彼女らがうまく対応しているという事実は、上述した柔軟性を有する故の強みがその背景にあるとみて良いかと思います。このような若さによる強みをできる限り早く引き出し、「技術エキスパートにしたい」というのがマネジメントをはじめとした企業側の本音かと思います。
つまり即戦力化に向けた教育をする必要性が大変高まっているのが現状なのです。この際に大切なのは優先順位付けです。限られた時間と実務を推進する必要があるという様々な制約の中で技術者育成を進めるには、優先順位の高い教育から進めていくことが不可欠であるためです。
ただいざ 技術エキスパート にしようとした場合、どのようなスキルが「最重要か」となるとなかなか判断がつかないかもしれません。

技術者の卵の多くが陥る専門性至上主義

意識している無意識である、表に出る出ないといった程度の差はあれ、技術者の卵は「知っていることこそ正義という専門性至上主義」にとらわれています。
これは自らの専門外の業務から無意識に逃げる、知らないということが自己否定に直結していると感じるなどの負の側面もありますが、技術者としてのモチベーション維持に応用する等、技術者育成においては活用できるという部分もあります。
※ 若手技術者の専門性に関する 執着心 をモチベーションの原動力にマネジメントとして最も留意しなくてはいけないのは、上記の状況を踏まえた上で、「専門性至上主義故、若手技術者は自己鍛錬の関心を専門性の向上に注力させてしまう」という傾向でしょう。
本当に特定の技術に注力してそれを極めることで、新しいものを生み出すということであれば、この考えは間違っていません。しかし特別な例を除き、何かに特化した一つの専門性だけで企業が欲する新しい技術を構築することは困難であり、「複数の一見無関係な技術を組み合わせる」という協業をベースにした新規技術開発というのがイノベーションの基本になるのが、多くの企業にとっての現実だと思います。
本観点を踏まえた時に必要となるのは、技術専門性という枠を超えた、「技術エキスパートになるための”普遍的な”スキルは何なのか」という着眼点です。

技術エキスパート にしたいのであれば、論理的思考力に裏付けられた文章作成力が最低必要条件

技術エキスパートに必要な”普遍的”スキルについて考えてみます。結論から先に言うと、「論理的思考力に裏付けられた文章作成力が最低必要条件」になります。
論理的思考力というと、・考えをまとめる・人にわかりやすく伝えるという表現をされることが多いと感じます。ロジカルシンキングという名称でも書籍が多く出版されていることから、この辺りの基礎知識は多くの若手技術者も有しています。
しかしながらこれを実業務に落とし込もうとすると難しいかもしれません。考えをまとめる、人にわかりやすく伝える等の力をどうすればみにつくかに関する情報が多すぎるからです。技術者育成という観点から、間違いなく論理的思考力の高さと強い相関があるのは、「文章作成力」です。
これは、今まで多くの技術者や理系学生と話してきた結果としていきついた答えであり、何より私自身でそれを体感しているということにあります。文章というのは話し言葉と異なり文字数に強い制限があります。
話す言葉は次々と生み出せますが、同じ量の文字を書こうとした場合の労力は異次元に高い。ここがポイントです。無意味に大量に書くわけにはいかないので、「要点を抽出する必要がある」という事態に直面します。
さらにそれを人にわかりやすく伝えるためには時系列で伝えるのではなく、「どのような順番で述べていけば話が伝わるのか」ということにも配慮が必要です。つまり、「自分自身を離れたところから俯瞰的に見て制御する」ということが求められます。
これこそが技術者にとっての論理的思考力の本質です。専門性だけを重視してしまうと、相手を意識しながらわかりやすく誘導するという自己制御を行う必要がありません。そのため、論理的思考力が置き去りになってしまうのです。

技術者が論理的思考力を高めるには

ここは近道はありません。ひたすら質の高い技術報告書を書き続ける。それしかないのです。よく、育成にはどのくらいの期間がかかるかという質問を受けますが、期間というよりも「技術報告書を何報書いたか」が重要です。
そして数に加えて質も大切です。同じような内容をコピー/ペーストして類似の技術報告書を増産するのは、論理的思考力を醸成するというのとはほぼ無関係の「作業」になるためです。また留意点として技術報告書はビジネス文書と共通部分がある一方で、異なる部分もあります。
技術エキスパートになるための最重要スキルが、論理的思考力に裏付けられた文章作成力というのは意外かもしれません。しかし、今のところ文章作成力以上に技術者の本質的なスキルに直結するものが見当たらないのが事実です。
技術エキスパートにするためには、まず何よりも最優先事項として技術報告書を書けるよう育成を進めてください。ご参考になれば幸いです。

【著者】

吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
 FRP Consultant 株式会社
 代表取締役社長
 福井大学非常勤講師

FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/

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