【製造業・世界と戦う担い手づくり エキスパート待望 (83)】量産に向けた技術者の心構え

製造業における技術者を抱える企業にとって、ある程度の売り上げ見込みの立つ量産という仕事は大変重要です。研究開発と異なり、必要な設備投資を行った後は、投資回収というフェーズにうつることができるからです。
日本における製造業の企業は、元々このような量産が得意な傾向にあります。安定して、高品質のものを作り上げるというのは、世界で後れをとりつつあると言っても、世界的にみれば日本は高水準にあります。
そして実際、日本は製造業における上記のような文化を背景に、大きく発展してきたという成功体験を抱えているといえるでしょう。

日本企業が注目するのはコスト削減と効率化

成功体験のためか、日本企業ではコスト削減や無駄をなくす効率化に重心を置く傾向にあります。当然原価計算をきちんとしなくては利益が出ません。
同じものを創るのであれば、無駄を最小化し、また、製造部門における人的リスクを限りなくゼロにしながらも、できるだけ短時間で多くのものを作る必要性があります。
この手の議論については、多くの書籍や知見が世の中にあります。さらに、技術者としてもこれらの検討に時間をかけるのは会社としても正義となるため、理解が得られやすいだけでなく、予算もつきやすいという背景もあると感じます。
ここで改めて考えるべきは、コストダウンや効率化が量産に関わる技術者にとっての本質なのか、ということです。

量産で技術者が理解すべき最も大切な心構えは市場からの信頼の蓄積

量産に関わる技術者にとって考えるべき本質は何か。一言でいえば、「市場からの信頼を蓄積する」ということです。
コストダウンの成果で利幅の大きな製品を、できるだけ短時間で多く作るという高効率化を実現したとしても、その製品が市場に出た後に問題を引き起こす、ということが起こっては元も子もありません。
コストダウンも高効率化もどちらかというと自社の利益に関する内容です。民間企業は自らの利益を生み出さないと存続できないため、利益を重視するというのは間違っていません。
しかし、万が一市場問題を起こすと「市場(顧客)からの信頼」というお金ではかえられない最も重要なものを失うことになります。
今後はわかりませんが、ある程度の歴史のある巨大企業であれば、仮に市場問題を起こしても、企業が無くなることによるインパクトが大きいため、まだ再挑戦の権利を得られるかもしれません。しかし、中小企業であれば存在もろとも吹き飛ばされてしまうでしょう。
そのくらい信頼というのは得難く、失いやすいものなのです。ただ大企業と言えども安泰ではありません。最近も残念ながら検査不正等がでるなど、市場問題以前の問題が発生しています。
数年前も欠陥リコールの影響で東証一部にいた企業が消滅しました。これからこの手の要求はシビアになっていくものと考えます。市場からの信頼を得られない企業は、言ってしまえば存在価値を認められないということになります。

量産で最も大切なのは市場問題を起こさないこと、そして万が一起こった場合にいち早く解決に導くこと

では、信頼の蓄積に向け技術者は何を準備すればいいか。第一は、信頼の失墜につながる市場問題を起こさないことです。製品の設計段階で、問題が起こった際のセーフティーネットを何重かに張っておくというのが一案です。
これらはある意味「当たり前」のことです。もう一歩踏み込んで技術者がやるべきことは、「量産工程でのデータを蓄積し続ける」ということです。市場では研究開発では想定できないような問題が生じることもあります。
これは顧客の行動は売る側だけではすべて把握できないということがその一因です。また自然相手の場合、人間が理解している事象がそもそも限定的なので、予想外のことは多々起こると思います。
このように市場問題は残念ながらゼロにはできません。しかし、市場からの信頼を失わないために重要なのは、「一刻も早く原因究明を進め、再発を防ぐ」という真摯な対応です。
この原因究明という所でポイントとなるのが、「量産現場でのデータの蓄積」です。定量データや画像データが等の客観的な指標が望ましいです。人による判断だと主観が入るためです。
データの蓄積があれば、問題が起こった時、そしてその前後で変曲点が捉えられるかもしれません。技術者にとってデータは最強の武器です。研究開発のような業務だけでなく、量産現場での原因究明という所にも活用できるのです。
よって、量産を始める前の段階で徹底したデータ蓄積をする、という必要性を理解するのが技術者にとって極めて重要になるのです。最近、単発的にでてくる日本企業の技術的な不正は、大変深刻であるという印象です。
このようなことを起こさせない、どこかで見つけてそれを改善するには自浄作用が不可欠です。技術者に対する上記のような教育はこれら自浄作用発揮に向け、大きな追い風となると思います。
量産というと、コストと効率に目を向けがちな昨今ですが、技術者にとっての仕事の本質は何かということに改めて目を向けていただければと思います。

【著者】

吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
 FRP Consultant 株式会社
 代表取締役社長
 福井大学非常勤講師

FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/

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