【製造業・世界と戦う担い手づくり エキスパート待望 (78)】中小企業の技術者に求められるスキル習得計画

技術者としての勤務をするにあたり、本人が望むか望まないか、意識的か無意識的かに限らず、「企業規模が技術者に求めるスキルマップに影響を与える」というのは事実といえます。
大手企業が良くて、中小企業が悪い、もしくはその逆という話ではなく、「組織規模によって技術者としてのスキルに求める内容が異なる」ということです。これは現在、従業員数が数人から数万人まで様々な企業を支援していることで実感していることです。
私自身も最初は従業員数15000人くらいの企業に入り、その後は数十万人の企業に転職したものの、その企業内に立ち上がった200人弱の新規事業部に所属したことで、実体験としても企業規模(組織規模)が技術者に求めるスキルに影響を与えることを実感しました。
時代背景や事業内容、企業の文化、マネジメントの考え方等の要因は当然多くありますが、あくまで一般論という前提にて述べていきたいと思います。

大企業に属する技術者に求められるスキルとその弊害

大企業における技術者にとって最重要なスキルは何かを一言でいうと「分業力」という印象です。技術的な専門性を求めるかと思いがちですが、そういうものよりも、「今所属している組織内で求められることを確実に推進する」ということを求められることが多いようです。
例えば、ある機械設計を行う技術者がいたとします。そしてこの技術者がCADやCATIAを使ったモデリングが本業とします。そうすると、規模の大きな企業では、「CADやCATIAということに関連する業務だけに特化する」ということを求められ、本人もそうすべきと教育され、そして求められるがままに振る舞います。
規模の大きな企業では仕事の内容も大きい場合が多いことから、関係する人数も多い。そのため、マネジメントの観点から見ると、役割ごとに技術者を管理し、組織として最高のアウトプットを出すことを求められることを考慮すれば、分業力を技術者に求めるのは妥当であると考えられるでしょう。
しかし機械設計という業務を俯瞰的に見た場合、CADやCATIAを使うのは本当に一部にすぎません。実際の設計の最上位に位置する図面作成においては、組図を頂点とした部品図の構成を考えることも必要です。
それを調達部品として手配するのか、それとも自社やグループ会社、委託先などで製作するのかということも考えなくてはいけません。
各形状をモデルで描写するにあたり、本当にそれが機械強度的に問題ないのか、についてはモデルを作った際に、拘束条件や境界条件を最適化した上で、生じる最大応力(主にはスカラー量であるMieses応力)を算出するシミュレーション力が求められます。
さらにはこのシミュレーションの結果と当該製品に使用される材料データ、より正確には動的疲労試験で得られたSN線図や複数の応力比で得られたGoodman線図と比較の上、その材料を用いた場合の製品成立性を評価するという材料力学の力も必要です。
さらにはその妥当性を統計学を用いながら検証するという意味では、数学力も必要です。この数学力は、組図を作る場合、各子部品が干渉やガタの問題なく組めるのかという公差設定と、その公差の成立性を検証するというのにも必要です。
また、この製品が機械加工の場合、加工条件をどうすれば最適化できるのか、という工程に関する知見や、材料に熱処理や表面処理等は必要かという材料に関する知見、加工後の製品品質に問題が無いかということを浸透探傷や超音波、X線などの非破壊検査、品質を安定化させるための品質保証に関する知見も必要でしょう。
機械設計という「技術的な業務だけ」を見ても、一連の流れはかなり幅広いことがわかると思います。つまり分業力最大の弊害は、「自分の行う業務領域のこと以外は全くわからない」ということになります。
この状況による最大の課題は、上記の状況を自らの力で打開するのではなく、「わからないことを委託で進めることで自ら考えることやめてしまう」といえるでしょう。技術者としては致命的です。
効率やべき論だけをかざし、電話で依頼だけを行うような評論技術者への道を歩むことになります。このような流れは多くの大企業で抱える技術者育成に関する課題ともいえます。

中小企業の技術者に求められるスキルとその弊害

一方で規模の小さい技術者は大企業のそれとは大きく異なります。それは、「深化力と拡大力」です。より具体的な技術者のスキルとして言い換えると、
「主業務で培った技術的な知恵の確立を中心とした周辺技術の知見習得」です。中小企業では何でもやるマルチプレーヤー的な技術者が求められると考える方もいるようですが、それは間違いです。
技術者がマルチプレーヤーを目指すとどれも中途半端になるからです。では中小企業の技術者に求められるスキルは何かというと、2段階に分かれます。まず最初は「深化力」です。
目の前の業務に没頭し、まずはその業務の事を頭だけでなく体で理解し、技術的な仕事とは何かの一つの業務経験を集中して積むのです。徹底的に深めることが大切です。
そして、口を動かすよりも、頭と体を動かし、徹底的な実践力をみにつけるのが肝要です。こうすることで「単に知っているという知識」から「具体的なアクションへの落とし込みまで考えられる知恵」へと進化します。
これが大変重要です。ただ、注意点もあります。これができるのは若いうちだけです。ずっと一本足打法を続けると、二足方向ができなくなります。つまり他のことができなくなるのです。
年齢を重ねる程、この傾向が強まるため、年齢的には20代の中盤までには必ず次のフェーズにうつることが肝要です。そして何かしらの技術的な業務の知恵をみにつけ、評論家ではなく、実践的な技術者になってきたところが、次フェーズへのタイミングです。
次フェーズで求められるのは、「主軸となった技術的知恵を広げる」という業務経験です。いわゆる周辺技術に関する業務ということになるでしょうか。例えば今まで機械加工の現場だけをやっていたのであれば、加工用のモデル作成について経験する。
または加工の後工程の寸法検査や非破壊検査を経験する、というのはその一例です。研究開発の場合、今まで材料の研究開発だけをやっていたのであれば、その川下にある成形加工や検査技術、材料としての機械特性評価等に取り組むというのが一案です。
広げる際は実務ができることにこだわりすぎる必要はありません。また知恵にまで落とし込めず、知見で終わっても問題ありません。それよりも、「一つのことを突き詰めた故に、周辺のことに取り組むと視野が広がることで新しい発見がある」と実感してもらうことが重要なのです。
船の帆にマストを張るイメージです。帆が大きければ風を受けて推進力を得られますが、その前提はマストである柱が太く長いというのが前提といえます。中小企業の技術者のスキルアップは深化と拡大をすすめ、船の帆のような形にすることが重要。
このような足元を固めながら広げていくという姿勢こそが、中小企業における技術者が即戦力になっていく土台となります。いわゆる「技術的業務推進に不可欠な、物事を多角的にみるバランス感覚」が養われるからです。
その一方で弊害もあります。それは、「人的に余裕のない中小企業では、各人の役割を全うすることに対する圧力がかかりやすい」ということです。初期段階の仕事を深めるということについては大きな反発は起きないかと思います。
それよりも、その周辺技術に広げていこうとなった段階で、「なぜあの技術者は自らの仕事と関係ないようなことをやるのだ」という逆風に吹かれるはずです。
上記のような逆風を吹かせるのは状況を俯瞰的にみているマネジメントよりも、現場の他の技術者から出てくると思います。この逆風が視野を広げようと周辺技術に取り組む技術者にとってストレスとなり、視野を広げるということをやめ、中小企業にもかかわらず大企業のような分業化へとスキルが偏っていくことになります。
マネジメントとしては、周辺技術を習得し、視野を広げるということが重要である、ということを現場の技術者全員に理解させるということが重要です。つまり、このような取り組みが当たり前である社風という土壌をしっかりと醸成することがポイントといえます。
中小企業の技術者のスキルアッププランを考える際のご参考になれば幸いです。

【著者】

吉田 州一郎
(よしだ しゅういちろう)
 FRP Consultant 株式会社
 代表取締役社長
 福井大学非常勤講師

FRP(繊維強化プラスチック)を用いた製品の技術的課題解決、該関連業界への参入を検討、ならびに該業界での事業拡大を検討する企業をサポートする技術コンサルティング企業代表。現在も国内外の研究開発最前線で先導、指示するなど、評論家ではない実践力を重視。複数の海外ジャーナルにFull paperを掲載させた高い専門性に裏付けられた技術サポートには定評がある。
https://engineer-development.jp/

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