知財探訪(7)「知」の力と世界調和

PCTがもたらした「平等」基準

今年の春は寒暖が定まらず、全国的に桜の開花が例年より1週間早いというニュースを聞いた後、真冬の寒さに戻って東京でも雪がちらつく日がありました。天気同様に波乱気味の経済環境の中で、4月の新年度からあらたな事業計画をスタートされる企業も多いことでしょう。

世界経済の見通しについては、反グローバル主義の波が今後どこまで進むのかがひとつのキーになると聞いています。それぞれの国が自国の利益優先に固執すれば、そろいかけた足並みも乱れ争いも生じることでしょう。小学校の運動会のムカデ競争をふと思い出したりします。人種や宗教間の対立が絡んだ局所的な紛争も後を絶ちません。人の「知」の力でこのような争いをなくして世界の調和を実現するためには、まだまだこれから先、気の遠くなるような長い年月を要するのでしょうか。

私見ですが、知的財産制度は世界調和のモデルのひとつとしても考えることができるのではないかと思います。1970年に締結された特許協力条約(Patent Cooperation Treaty:PCT)には、現在、アメリカ、欧州、中国、日本などのいわゆる特許大国はいうに及ばず、発展途上国に至るまで、152の国が加盟しています。特許の進歩性や新規性について、全ての加盟国からの出願に対して同じ判断基準が平等に適用されます。小国からの特許出願も大国からの特許出願も、争いなく法のもとに等しく扱われるという意味で、いち早く世界の調和を実現したのがこの制度です。

このPCTが発効する前には、複数の外国に特許を出願する出願人企業は、1883年に締結された「工業所有権の保護に関するパリ条約」に基づいてそれぞれの国に対して個別に出願手続きを行う必要がありました。この条約に基づいて行われる外国出願を、知的財産の世界では「パリルート出願」と呼んでいます。

20世紀の後半に至るまで、ある国では知られている技術が別のある国では知られていないというようなことが、まだあり得ました。また、特許法の内容や進歩性・新規性の判断基準についてもハーモナイズの兆しさえなく、このような状況に対応するためにパリルート出願を行う各国の出願人は少なからぬ負担を強いられてきました。特許制度の不整合に起因して国と国との間で争いも起き、「日米特許戦争」などの言葉が生まれたのも20世紀後半のことです。

現在では企業の活動はグローバル化が進み、インターネットの発達により最新の科学技術情報が瞬時に世界を駆け巡ります。このような経済や科学技術の拡大発展を背景に、いち早く知的財産の世界で調和を進めたのがPCTです。残念ながら、政治上の理由から台湾はこのPCTに加盟できていませんし、PCTによる外国特許出願も最終的には対象国の国内法との整合の段階を経なければ登録に至らないというのが現状です。それでも、経済規模や宗教の違いを乗り越えて世界の調和を一歩進めたという意味ではPCTの意義は大きく、少々大げさな物言いとなりますが世界の歴史学者などはこの事実にもっと注目してよいのではないかと思ったりします。

知的財産の窓口は、大きな国にも小さな国にも、大きな企業にも小さな企業にも、大人にも子供にも等しく開かれています。つい先日も、「津波の引き潮を体感できるキット」を完成し特許出願を行った中学生に関する記事をネットで見ました。人間本来の「知」の欲求に応えて夢と希望を与える知的財産制度の魅力にあらためて感じ入りました。そのような知的財産の世界に、間接的にせよ関わるビジネスの中に身を置くことは、私にとってささやかな喜びでもあり誇りでもあります。

2017年の9月から連載でこのコラム執筆を担当させていただきましたが、今回で一区切りの最終回となります。お読みいただきありがとうございました。

 

◆清野安希子(きよの・あきこ)
国際基督教大学教養学部卒業。教育関連企業勤務を経て、2002年に知的財産専門翻訳会社の知財翻訳研究所(13年に知財関連サービスの拡充に伴い知財コーポレーションに社名変更)に入社。2年間の事務職勤務の後、営業担当として日本全国の大手メーカー知財部とのコネクション構築に注力。15年に中小企業診断士登録。現在は経営企画室長として事業戦略の立案や新規事業開発に携わっている。

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