情報を最優先の商人的営業へ 混沌時代の販売情報力

最近あまり耳にしなくなったが、ひと昔前によく使われていた言葉に、手に職をつけるという言葉があった。職人の持つ技を身につけていれば一生食いっぱぐれがないという意味である。日本が高度成長期を迎える前の1950年代には農業・漁業・林業といった第一次産業に従事する人の割合が90%近くあった。やがて経済の規模が大きくなってくると、第一次産業から物づくりする第二次産業や、サービス業である第三次産業に人の移動が始まった。この頃によく使われたのが手に職をつけるという言葉であって、商売を覚えるという言葉ではなかった。食いっぱぐれがないというのであれば、手に職をつけるだけでなく、商売を覚えるという言葉が使われてもよさそうだったが、商売を覚えるの方は耳にしたことがなかった。

中学から高校へ進学する人は約半分ぐらいに達していたが、工業高校の人気が圧倒的に高く、倍率も商業校や普通校よりかなり高かった。当時は高度成長を突っ走り出した頃であり、第二次産業である製造業の就職口がたくさんあったという理由が大きかった。しかしその理由だけでなく当時の日本人の感覚の中に、目に見える物を産まない第三次産業は、安定した収入を得る手段ではなく虚業のように見えていたのだろうし、手に職をつけて物を産みだす製造業こそが確かな実業のように見えていたのだ。

日本人は昔から手先が器用だといわれてきた。アジアの中でも早くから製造業を発展させて、工業国として名を上げてきたのは明治をつくった人々が危機感を感じ、いち早く制度をつくって西洋を追随したからだけではない。戦後、東京からネオンが消えたあのオイルショックを見事に乗り越えた例を見ても、日本人が一丸となって危機を乗り越えてきた背景には、日本人の手先の器用さという職人気質に負うところが大きいと思われる。

現在、急速に工業国として伸びている中国やインドは商人気質を持つ国である。昔から華橋や印橋と言われた商人の才で世界の街々に存在感を示してきた。陸続きの大陸にある国々は、広大な土地や多くの他民族と隣り合わせにいるという不安が、歴史的に情報が命であることを身につけさせてきた。日本は大陸の民族ほどの危険もなく、国土は狭いながらも豊かであるために情報の必要性よりは技術を磨いて競う方に価値を置いてきた。だから、アジアの中で商人の才となると中国やインドの後塵を拝してきたといえるが、手先の器用さを持つ職人の才となると、日本が優れているのだ。

商人は情報を最優先させる気質であり、職人は技術を最優先させる気質である。明治の成功やオイルショックを乗り越えてきた成功は、職人気質が大いに関係していたからであり、同じような危機に面した太平洋戦争前夜で危機を乗り越えられず大失敗したのは、職人気質で解決できる問題ではなく、情報を最優先させる商人気質にからむ問題であったからだ。

現在の世界では文明国と言われる国々が同じような機械文明を享受し、同じような情報に接している。同じような条件のもとで競争は激しくなっている。競争であるからには情報を制した方が有利になる。情報はどこでも同じように入手可能な時代に入ってきたが一体、何が情報なのかや、情報をどう使うかといった情報の生かし方は職人気質の国民性と商人気質の国民性の違いが出てきているように見える。

職人気質の国、日本は情報を軽視しているわけではないが、職人気質で情報をとらえる国民性によって、しなくてもいい苦労をしているように見えてしまう。情報の最前線にいる電気部品や機器の販売員は商人である。職人気質を持つ日本人ではあるが、職人的営業から脱して最終ユーザーの情報を肌で感じられるユーザー情報最優先の商人的営業への意識改革が必要である。それが物づくりによって経済大国になった日本を支える一助になるのである。

(次回は1月25日掲載)

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