令和の販売員心得 黒川想介 (155)FAマーケットの細分化「手探り営業力」を参考に

FA販売店営業は、昭和期に誕生して急成長し、平成期を無難に乗り切ってきた。FA営業が令和期にさらなる成長路線を歩いていくためには、平成期の営業との違いを明確にした成長戦略を打ち出さなくてはならない。
 以前、平成期の営業を総括したが、そこで特徴的だったのが、平成期の営業は戦術・戦法が単純化していることであった。実際の戦闘における強い軍隊の戦い方は、相手を倒すという一念に向かって単純化することであると言われる。単純化とは、訓練や実務を重ねるごとに相手に勝つ戦い方の「型」が出来上がっていくということであるが、まさに平成期の営業は「新商品の売り込み」「競合商品の切り替え」、そして「顧客の深掘り」という3つの活動に精鋭化して商談テーマを上げた。そして課題解決ソリューションを磨いて商談テーマを決着させる営業だった。平成期に活躍してきた販売員に売り上げを上げるための営業活動について聞いてみたところ、ほぼ全員がこれらの3つの活動による商談テーマの獲得と決着に全力を上げるという答えだった。これがFA売り上げを上げるための営業の「型」になっていたのだ。
 営業の戦術・戦法はマーケットによってそれぞれである。制御マーケットの歴史を見ると、機械的な制御から電気制御に移り、オートメーション時代に入った。1960年代の営業と現在の営業には違いがある。制御商品の種類は少なく、電気制御に慣れた工場も少なかった時の戦術・先方には商品の切り替え営業やあれもこれも狙う深堀営業は存在しなかった。商品紹介営業はあったがヒットは少なかった。
 昭和前期の営業は、とにかく多くの工場にアタックする「開拓営業」であった。そして訪問先のどこかに制御商品を使用しないか、売れる商品はないだろうかという「手探り営業」であった。手探り営業では相手と会話できた時間がどれだけ長いかが勝負であった。当時の販売員同士は「今日の新規客とは10分間、会話ができた」「自分は5分もできなかった」という会話を普通にしていた。電気制御に興味がなければ長居はできないが、興味を持ってもらえれば工場設備や製造などの話になるから長居ができた。商品が少なかったため、それらの話の中には開発や改造につながる良い情報が潜んでいたから、聞き耳を立てる営業でもあった。
 72年のオイルショック明けの頃からは昭和中期の営業になった。オイルショックを省エネ技術で乗り切った製造技術は自信にみなぎっていたから、彼らが製造をリードして積極的に自動化に取り組んだ。それに制御商品の種類も一気に増えた。こうしたなかでFA営業は3新活動営業で売り上げを一気に上げた。3新営業活動とは、「新」しい商品の売り込み。「新」しい需要と「新」しい用途を発見して横展開活動をする営業であった。
 日本経済のバブル期からは昭和後期の営業になった。FA市場は大きく成長し、多くのメーカーの参入やFA販売店の増加によって競合が激しくなった。商品はサーボや高機能センサやフィールドネットワーク向けの上位のPLCが登場し、FA商品は製造業の中で存在感が強くなった。FA営業は、競合商品と競争し、販売店営業同士で激しく争う「競争営業」となった。その一方で、高機能商品の登場によって販売員に技術力を強く求め、技術色の強い販売員育成が始まった。
 平成営業は、昭和後期のFA営業の流れを引き継いで営業の型が完成した。平成のFAマーケットは昭和期と同質であったが、令和に入って社会や技術の質が大きく変わろうとしている。そのためFAマーケットを細分化して見る見方が必要である。細分化してみるには机上では無理である。こういう時こそ昭和前期の「手探り営業力」が参考になるのだ。製造業には制御に多少でも関係ある部門があるということを理解し、訪問活動すべきである。

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