令和の販売員心得 黒川想介 (146)相手の応答をよく観察し さらに深く聞くことが大事

IT技術の進展によって便利な世の中になった。しかし、便利になれば、何かを失う。
昨今、AIという言葉が普通に使われるようになった。人が五感を研ぎすまさなくても目の前に欲しい情報が現れる。その現れた情報を活用して、さらにその奥を追求することができる。こんなに便利で有用なものはない。
しかし、苦労をせずに情報を入手するばかりでは、探究心や思考力が弱くなる。他人に頼りきりで、常に与えられる側になり、工夫することを忘れてしまう。それに、五感を使わない分だけ情報に対する感性やコミュニケーションが弱くなる。
FA販売員がそのような風潮に流されたら、営業生産性が向上するどころか、その逆になってしまうだろう。なぜなら令和期のFA営業には、新たな受注ルートを見つけて顧客になってもらう営業がマストだからだ。それをやり切るには「対人関係の営業力」、特にファーストアプローチが大切だ。それには五感が重要なファクターになる。
誰でも初めて会う人に対しては慎重になる。だから五感を研ぎすませて、相手の人となりを探ろうとする。観察だけではよく分からないから、言葉を発して、相手の応答で感触をつかむ。そして、その感触に従ってアプローチが進んでいく。営業の新規客やマーケット開拓もまた然りである。
しかし現在のFA営業では、真剣勝負的なアプローチの感触を味わうことができない営業環境にある。
昭和のFA草創期のFA営業は真剣勝負的環境だった。毎日、新規客へ飛び込み、製造関係者にアプローチを試みるが、商談にもならずに敗れ去る経験の連続だった。今だったらストレスを溜め込み、会社を辞めようと思う仕事こそが営業職であった。しかし新規客へのアプローチ失敗の経験を重ねるにつれ、極度に緊張した当初に比べると相手の気持ちや表情気持ちが表情や動作に現れるのを多少感じられるようになっていく。五感は正直である。鍛えればそれなりになるものだ。
それにしてもFA販売員は幸運であった。なぜなら平成期になると制御マーケットに追い風が吹き始め、制御のことを知りたがる製造現場が増え始めたからだ。知りたがる新規客へのアプローチは、FA販売員が得意とするところで、制御商品のアピールが通用した。そのアプローチが、平成期の新規客開拓時のアプローチ手段になった。
それに対し令和の現在では、FAマーケットの成熟度にともなって、平成期のような新規客へのアプローチ手段は効かなくなっている。だから新規客へのアプローチに関して、再度考えることが必要になっている。
昭和期のFA販売員は、失敗を繰り返しながら新規客へのアプローチが上手くなったが、決して彼らは打たれ強かったわけではない。当時のFA営業は、日々新規客の開拓なしには売り上げは上がらなかった。だからFA販売員は、ストレスを溜め込まないような工夫を個人や組織でやっていた。何事も量を増やし、ある一定度に達すると、質そのものが変わる。当時のFA販売員はこの法則に期待し、失敗に慣れるのを辛抱強く待ったのだ。
現在は、昭和期のようにアポなしで工場へ飛び込み訪問ができる時代ではない。だから新規客訪問の件数を上げ、新規アプローチに慣れて腕を上げると言うのは現実的ではない。実際にFA販売員がやっている新規客アプローチについて聞くと、大体が会社案内と商品アピールを兼ねたような挨拶程度で終わっている。数少ない新規客訪問であるなら、そのような雑なアプローチではもったいない。
自分の不安な気持ちと、相手が不満を抱くのではないか、という気持ちを混同してはいけない。最初のアプローチでは、「相手にどのように伝わっているか」がカギなのだ。ビジネスをしようとしているのか、セールスをしようとしているのか、相手はFA販売員をじっくり見る。FA販売員は、ビジネス情報を発信し、相手の応答をよく観察し、できれば応答に対して答えるだけでなく、さらに深く聞いていくことが大事なのだ。FA営業は聞くことよりも答えようとする癖があるが、これでは顧客にすることはできないのだ。

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