ファクトリーDX最前線【2】製造業×AI

AIブームが始まって久しい。少子高齢化で労働力不足が進む日本では、生産性の向上の余地は大きいとみられ、幅広い分野で導入が期待される。しかし、AIへの理解不足、高い心理的ハードル、技術者不足等が原因で普及までには至っていないことが多い。本稿では前者2項目の解消を目的としたい。

AIとは何か

AI(人工知能)とは「人間の脳の働きをコンピュータで再現する仕組み(情報システム)」である。人間の脳の働きは色々あるが、AIでは今のところ「学習能力」に絞っている。学習能力とは、学んだことや習ったことを自分の知識・経験として身に付け、行動や思考、判断に反映する能力である。AIではこれを「機械学習」と呼んでいる。最近はディープラーニング(深層学習)という言葉が普及しAIの代名詞のように思われるが、これは機械学習の一部である。画像処理や自然言語処理(自動翻訳等)等、特定の分野では有効であるが、万能ではない。

KKD業務がAI化の対象

どのような業務をAIに置き換えるかというと、「人間が学習して習得した定型業務」が対象となる。具体的には、外観検査、生産計画立案、設備故障診断、需要予測、在庫管理、材料調達、見積等である。いわゆる、勘・経験・度胸で遂行する業務(KKD業務)であり、工数過大、属人化、結果のバラツキが問題となる部分である。

ここでAI化の理解を深めるためにWebサイト「SIGNATE」を見てみよう。この会社はAIに関連するコンペティションやeラーニング、人材紹介等を行っている。AIコンペでは、AIで課題解決をしたい企業や行政がスポンサーとなって課題を公開し、これに多くの参加者が挑戦する。このWebサイトを見ることで、企業側のAI化ニーズやAIの仕組みがよく理解できる。

最近のコンペはパナソニック株式会社の「間取り図面解析アルゴリズム作成」で、総額賞金は2百万円、現在約1200名が参加している。住宅の見積金額は「床材やドア部材の量」によって変動するため、事前に「床材やドア部材の量」を正しく把握しておくことが必要だ。現状、この「床材やドア部材の量」を算出する作業はすべて人の手によって行われており、「作業可能な人材が限られる」「作業に時間がかかる」といった問題に悩まされている。まさにKKD業務だ。そこで、間取り図画から「建具」や「部屋領域」をAIで検出したいとのことである。

このような視点でみるとAI化ができそうな業務は沢山ある。以下、事例でみていこう。

〈事例1〉需要予測と在庫管理

「在庫過大症」は多くの会社が抱える問題である。在庫の回転が悪いと資金繰りに苦労し、倉庫費・運搬費などの在庫関連費用が発生し利益を圧迫する。なぜ在庫を持つかと言うと、出荷を正確に予測できないためである。出荷が正確に予測できると、予測を見て生産できるため、在庫を最適化できる。つまり、在庫最適化の鍵は「需要予測」ということになる。

家電メーカーA社は、過去の家電量販店への販売実績を元に商品別・月毎に1年分の需要予測を行っている。これを大日程計画、中日程計画、小日程計画へと展観する。予測精度が悪いと人員計画、設備計画等の様々な計画が崩れ、日々の在庫も過大になってしまう。A社の需要予測は典型的なKKD業務で、ベテラン担当者が工数をかけている割には誤差が発生していた。

AI化はやってみないと分からない側面があるため、本格的にAI化する前にPoC(Proof of Concept:概念実証)というプロセスを踏む。すなわち、過去のデータを使ってAI化の効果を検証する。具体的には、2016年から2019年までの商品毎・販売個数及び割引率のデータをAIモデルに学習させて、2020年1月~12月の商品毎・月毎の販売個数を予測する。AIの予測値、担当者の予測値、実績値の3つの数値を比較してAIの効果を検証する。その結果、需要予測工数は大幅に減り、しかも予測精度は向上することが明らかになった。これで安心してAI化を推進することができる。

〈事例2〉材料発注業務のAI化

「利は元にあり」と言われるように仕入れで儲けるのが商売の基本である。しかし、価格が変動する材料の発注は難しく、まさにKKD業務の典型である。相場を読み違えて高値で材料を発注したり、逆に安値で大量に発注したことで過剰在庫に悩まされている企業が実に多い。

ここでは「機械学習」ではなく、「数理最適化」という手法を使う。この手法は、実社会では様々な分野で活用されている。例えば、運送会社では「総輸送費用の最小化」を目的とした輸送計画の作成に活用されている。

 まずはPoCであるが、目的を「様々な制約条件のもとで『材料原価最小化』を実現する材料調達計画モデルを構築」とする。手元にある過去3年分の材料価格データ、生産実績データを用いてAIモデルをつくり、AIの予測値、担当者の予測値、実績値の3つの数値を比較して効果を検証する。その結果、材料費や工数は大きく削減され、廃棄ロス・営業補償もゼロになった。

AI導入のための基盤づくり

(1)人材

  是非、社内でAI人材の育成をして欲しい。人材育成までの時間はかかるが、社内でAI化を進める効果ははかり知れない。業務の実態にあった使い易いシステムができるし、システムの更新も容易になる。開発費も抑えられる。更なるAI化で大きなビジネスチャンスを見つけるかもしれない。今からでも遅くはない。

私の経験上、プログラミングはAIモデルの性能を高める鍵になるため、ある程度習得する必要がある。また、AIの学習は数学から入ると壁に当たるため、まずは眺めるだけにする。学習ツールは今では様々なものが簡単に利用できる。最近は書籍のみならずeラーニングも豊富だ。さらに、高性能のパソコンを購入しなくてもインターネット上のクラウド環境で利用できる「Google Colaboratory」があるためお勧めする。グループで助け合いながら学習すると良いだろう。

(2)データ

AIモデルをつくるにはデータが必要不可欠である。そこでどのようなデータを収集するか、どのように整理するかをあらかじめ決めておくことが重要だ。わが国では新型コロナウイルス感染者のデータがあるが、これが非常に加工しにくい。例えば、欠損値、誤記、表記ゆれ等があるため、機械学習が可能となるように様々な加工をしなければならない。機械学習ではこの作業を前処理といい、実はAIモデル構築のほとんどは前処理が占め、精度にも大きく影響する。

(3)PoC(Proof of Concept:概念実証)

新たなアイデアやコンセプトはやってみないとわからない。最近の事例では、新型コロナウイルスワクチンの大規模接種もそうだ。そこで事前に実現可能性やそれによって得られる効果などについて検証するプロセスが欠かせない。PoCはリスク抑制、コスト削減、投資や技術開発の有力な判断材料になるので、ビジネスの習慣にしてほしい。

■株式会社タナベ経営ホームページ

【著者】

タナベ経営 シニアコンサルタント 黒澤 淳靖

北海道ニセコ町生まれ。自動車メーカー・電子部品メーカーにて生産技術開発、機械設備設計に従事した。平成5年タナベ経営入社。台湾合弁企業、東北支社、上海現地法人等を経て、現在東京本部所属のシニアコンサルタントとして活躍中。製造業を中心に、経営に関わる諸テーマの遂行、解決の支援を行う。2018年よりプログラミング・AIを独学、現在AIコンペに多数投稿。「右手にAI、左手に原理原則、心に情熱」の利益創出コンサルタントである。

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